冷蔵庫が壊れたと弱音を吐かなかった母

冷蔵庫が壊れたと弱音を吐かなかった母 70歳を超えた母のひとりぐらし

私の母はとても気が強い人で、父が遠征漁業だったこともあり、私が小さな頃から一家を守っているのは「母」でした。

口調も強いので、娘の私は母から何か言われることを避けるように過ごしていたように思います。

自分の意志もはっきりしていた母ですから、何かあれば電話や手紙がきて、母の愚痴や訴えを聞く。そんなやり取りに嫌気がさしていたのも事実です。

父が亡くなってから、一度も帰省しなかった私。その期間12年。

この間に私は離婚を経験し、自分自身のライフスタイルも大きく変化したこともあり、母からの小言を避けたい一心でした。

どんどん母との距離が広がっていたことに気付いたのは、毎年贈っている母の日のプレゼントが受け取り拒否になった時でした。その頃はほとんど電話で話すこともなくなり、電話をかけても出ない状態。母は意地になって電話に出ないんだと思い込んでいたので、贈り物の受け取りが唯一母が元気であることの確認になっていました。

※のちに電話は故障していてつながらなかったと判明。

それが突然受け取り拒否になったわけです。

最初は何か事件に巻き込まれたのかと思ったのですが、返送してもらった贈り物の荷物にはしっかり母の文字で受け取り拒否の署名がありました。

実家に帰省できたのはそれから1年経ってからで、先に母の様子を見に行ってくれた兄から聞かされたのは、冷蔵庫、電話、洗濯機が壊れた状態で暮らしていた母の事。

私の中の母は、何かが壊れたらすぐに電話や手紙を送ってくるイメージでしたが、離婚した娘に頼れないと思ったのでしょうか。

結果としてほとんどの電化製品が使えない状態のまま、母はひとりで頑張っていました。

壊れた冷蔵庫

あれが壊れた、これが壊れた、仕送りをしてくれ、なんて連絡がきても、正直なところ何もできなかったと思います。それでも、何かあれば母からすぐに連絡がくるなんて思い込んでいた自分が情けなくなりました。

暑い夏は氷をたくさん買ってきて少しでも食材を冷やしたり、コンビニのおにぎりを毎食食べたりしていたそうです。物価高でおにぎりを買うのも厳しい時には、食べない時もあったとか。

子供に頼らないようにと思っても、少ない年金で大きな電化製品を買うのは無理があります。わずかな年金でやりくりする様子をテレビなどで見ることはありましたが、自分の母に限らず、老後の生活の現実を目の当たりにした気持ちです。

年金生活では厳しい現状

コメント

タイトルとURLをコピーしました