認知機能低下の症状がみられる母ですが、まだ病院で確定されたわけではありません。先に肺がんの疑いの診断をもらったため、がんの検査が落ち着いてからあらためて病院に行こうと思っています。
以前と何も変わらないのに、引っ越してから出来なくなったことのひとつが、ごみの分別。
ペットボトルとか分かりやすいものは問題ないのですが、プラスチックのごみの分別は全く出来なくなりました。

プラスチックのごみと紙系のごみが混ざってしまうことはしょっちゅうで、捨てる前に一通りチェックしています。母も分別に自信がないと自覚しているのか、ごみ出し自体出来なくなってしまっています。
以前住んでいたところと同じごみの分別なので迷うことはないはずなのですが、環境が変わると分からなくなってしまうものなのでしょうか、、、。
「プラマークの付いているものはこの袋に入れて、この日に出すんだよ。」という説明をしていますが、そもそもプラマークが分からなくなっているような気がします。

感覚的にこういうものがプラごみだよ、という伝え方をしてもさらに混乱させてしまうだけなので、プラごみは帰省した時にまとめて捨てるようにしました。
さすがにティッシュで鼻をかんだものとか、コロコロで掃除した紙とか、これはプラじゃないでしょ?と思うものが混じっていると「なんで???」と思ってしまうのですが(-_-;)仕方ないですね。
考えてみれば、プラ系のごみってかなり多いですよね。中身は紙の商品でも、包まっている外装はプラだったり。かと思えば、カップラーメンの容器は紙ってマークだったり。
ちゃんと分別してねっていう言葉自体が、プレッシャーを与えてしまうのかもしれないなって思いました。
ちなみに母が住んでいる地域では、燃えるごみを回収する袋には名前を書きます。分別を間違えたら回収されないので、誰のごみが回収されなかったか分かるわけです。
プラ系のごみは透明の袋に出すのですが、母にとっては自分が分別を間違えて誰かに迷惑をかけるのが怖いのかもしれません。
私は母の気持ちの奥底まで分かってあげることは出来ませんが、新しいことが覚えられなかったり忘れることが増えてきて、不安な気持ちが母を包み込んでしまっているような。だけどそれすらもなんだかふわふわと分からないような感じがします。
私が帰省できないとごみが溜まってしまうので、せめて燃えるごみだけはしっかり出してもらおうと思っています。出来ないことが増えるより、出来ることをなるべく長く続けれるように。
まだまだ自分自身認知症の理解は足りていないので、母より少し先手を打てるように、理解していきたいと思っています。

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